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外山滋比古(とやま・しげひこ)著
「新版 思考の整理学」ちくま文庫
を、年末年始のお休みを利用してじっくり読んでみました。

きっかけ
1983年筑摩書房より刊行、1986年文庫化されたこの本は「名著」といわれて久しいです。
文庫化されてからですと、2026年現在でちょうど40年なんですね。
なので、わたしも以前からずっと、ぜひ読んでおこう、と思っていたのですが、なにを隠そう、学生時代と社会人になりたての頃の計2回、みごと途中で挫折した経験のある本なのです(T_T)
「思考の整理学」などという、なんだかとても歯ごたえのありそうなテーマなのですが、読んでみると、実は「やさしい言葉」をつかって書かれている本なのです(だから凄いのですよね)。
ただ、さらっと読める割には、抽象的な内容もあることから、当時あまり胸にストンと落ちてこなかったような印象でした。
今にして思うと、「思考、ってどういうこと?」「どうすればいいの?」といったことに対して、ハングリーさが今ほど強くはなかったのかもしれません。
それでも何故懲りずに今回3度目の挑戦となったのでしょう?
- ブログを書くようになってから、自分がふと思ったことを、読んでくださる方に出来るだけ「わかりやすく」お伝えしたい(すくなくとも、そのように挑戦したい)。
- そのためには、「何でなんだろう?」という気持ちを普段から大事にし、日ごろからよくものを見たり聞いたりして、「自分の頭で」ものごとを考える癖をつけたい。
思うに、そんなことをだんだんと意識するようになったからなのかもしれません(*^-^*)
(あと、多分この勢いを逃すと、もう読まないかもしれない・・・という焦りのようなのも大きかったのかもしれません)
外山滋比古さんとは
昭和から平成にかけて活躍した偉大な英文学者・言語学者・評論家・エッセイスト・文学博士です(Wikipediaより一部抜粋)。
ざっくりとした内容について
おおまかにいうと、
「グライダー能力」重視の今までのわたしたちから、
「飛行機能力」を身につけるようになるための
「心がけ」について書かれた本です。
「グライダー能力」という言葉は、風の力を借りないと飛翔できないグライダーに例えて、先生や教科書という「外からの力にひっぱられて」一律に勉強するように仕組まれている、わたしたちの様子を表現しています。
もちろん、このグライダー能力を否定するものではありません。
ただ、このグライダー能力はどうしても教科書の暗記重視になってしまうため、問いも答えもあらかじめ決まった枠内で、ものを評価したり、考えたりするようになってしまいがちです。
だから自由な発想が生まれにくいのではないか、ということが指摘されています。
これに対して飛行機のように自力で空を飛べるような能力に例えて、自分でものごとを考えたり、発見したり、さらには発明できるような能力を「飛行機能力」と表現されています。
さきほどのグライダー能力と比較すると、自分で問いをみつけ、自分で答えをみつける胆力を持ち、そのための方法を磨くことや、独創性を持つことを大事にします。
なので、スタートはグライダーであっても、目指すは「グライダー兼飛行機」のような人間になるために「心がけておくと良いあれこれ」に本書の大部分が費やされています。
外山さんは、グライダー能力と飛行機能力の違いについて、ひとつの例として「卒論」をあげています。
通常の学科試験では優秀な成績をおさめることができる学生であっても(むしろ優秀であればあるほど)、テーマを自分で自由に決めて書く論文を苦手とする学生のなんと多いことか、と。
たしかに「卒論」は、何かを暗記しておけば書けるものではないものでしょうし、何か決まった枠があるものでもないのですよね。
外山さんの仰る「心がけ」の全部とはいいませんが、なにかひとつでも、「なるほど」だったり、「それ、なんとなくわかる気がする」といった「自分で思考するためのヒント」が書かれていて、それはわたしがブログを書くようになった今なら、ひっかかるフックがたくさんあって、わかるなぁ、と感じること大でした。
本書でも触れられていますが、グライダー能力、もっと言うと「せっせと記憶してはそれを正確に再生する」能力については、人間はコンピューターにはかなわないです。
でも逆に、コンピュータには出来なくて、人間にしかできない「忘れる」ということは、実は「新しいものの見方や発見」にとって大切な過程なのだ、ということにも気が付かせてくれる内容となっていました。
「忘れないようにね」と、幼い頃から親や先生、周りの大人たちからさんざん言われ続けてきたこのフレーズからは、思いもよらない発想でした。
ここで、本書目次をご紹介します。
目次
Ⅰ
- グライダー
- 不幸な逆説
- 朝飯前
Ⅱ
- 醱酵
- 寝させる
- カクテル
- エディターシップ
- 触媒
- アナロジー
- セレンディピティ
Ⅲ
- 情報の``メタ''化
- スクラップ
- カード・ノート
- つんどく法
- 手帖とノート
- メタ・ノート
Ⅳ
- 整理
- 忘却のさまざま
- 時の試練
- すてる
- とくかく書いてみる
- テーマと題名
- ホメテヤラネバ
Ⅴ
- しゃべる
- 談笑の間
- 垣根を越えて
- 三上・三中
- 知恵
- ことわざの世界
Ⅵ
- 第一次的現実
- 既知・未知
- 拡散と収斂
- コンピューター
あとがき
「思われる」と「考える」 文庫本のあとがきにかえて
東大特別講義 新しい頭の使い方『思考の整理学』を読んだみなさんへ伝えたいこと
感想
①書くこと
わたしは手書きで「10年日記」に毎日3行分の日記をつけています。
それから仕事やプライベートの両方にわたり予定を書いておく「手帳」もずっとつけています。
手帳は、予定については黒の万年筆で書き入れ、ちょっとした感想やメモなどは予定用の黒色とは色をを変えて書き込んでいます。
- 今日の夕食のおでん、いままでで最高の出来栄え☆
とか
- 書類探しに20分もかかった。整理整頓時間を明日絶対つくること
とか
「たわいもないこと」が多いです。
それから「ブログ」も。
読んだ本の感想や、参加したイベント、身の回りで起きたことなどについて綴っています。
こうして、書いては読み返す、ということを繰り返していると、ふと、書くということは、
「自分という輪郭がだんだんはっきりしてくる」
ということなんじゃないかなあ、と、この頃思ったりします。
本書にはこんな一文がありました。
読書によって自分の感じていることとは異種の思考に触れているうちに、自分の考えが洗い出されるという他発的方法もありうる。
それとは別に、書くことで、自分の考えを押しすすめる、書くことは考えることである、とのべている人のいることも注目される。漠然としていたことが書く過程においてはっきりする。(「思われる」と「考える」 文庫本のあとがきにかえて)より
②アイディアの生まれやすい場所
「すぐれた文章やいい考えが浮かびやすい場所」として、中国の欧陽修(おうようしゅう)というかたの「三上(さんじょう)」ということばが紹介されています。
三上とは、
- 「馬上」(ばじょう) 。これは昔は馬に乗っているとき、でしたが、今は電車とか車とかの乗り物に乗って移動しているときですね。
- 「枕上(ちんじょう)」。これを夜寝る時ととらえるか、朝起きてすぐの頭がすっきりとした状態の時ととらえるのか?わたしは朝起きてすぐ、と思いたい派です。
- 「厠上(しじょう)」。これはおトイレですね。
いずれにしても、
「根を詰めて一心に思考をめぐらしているとき」、
ではなくて、
「他のことをしている状態で心が遊んでいる状態」、
のときに思いつきやすい、というのが面白いと思いました。
わたしは「湯船に浸かってぼーっとしているとき」によくちょっとしたアイディアを思いついたり、反対に忘れ物に気が付いたりします( *´艸`)
みなさんは、どんなときでしょうか?
本書は、折に触れて読み返したい本の1冊となりました。
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